TOEICのリスニングPartの学習で、初心者はまず聞き取る長さが短いPart1やPart2から学習を始めて、その後に長文をリスニングするPart3やPart4の学習に入るというのはよく使われる学習セオリーの1つかなと思います。ただ、自分に関していうとTOEICのリスニングで満点を落とすということはほとんどありませんが、毎回ミスをするのはPart3やPart4ではなくPart2であることが多いです(TOEICでは3-4問間違えてもリスニングでは満点が取れます)。今日はこの理由を少し分析しようと思います。
その前に『水曜日のダウンタウン』というTV番組はご存じでしょうか?少し古いものですが、その中で検証された説の1つで「お疲れさまでした」、「お」と「した」さえ合っていれば間は何でもいける説(2017年5月17日放送)というものがあります。これは仕掛け人であるオードリーの春日さんが仕事終わりの共演者の楽屋や廊下ですれ違う際、つまり本来「お疲れさまでした!」とい言うシチュエーションで、「お蔵入りでした!」「大塚愛でした!」「オオカミに育てられました!」などの「お」と「した」しか合っていないフレーズに言い換えて発話することでどのくらい違和感なく通じるかを検証したものです。
最高レベルと位置付けられていた「オオカミに育てられました!」は失敗に終わったものの、それ以外のフレーズでは違和感なくターゲットの方に通じていて、放送当時はそれなりに反響があった面白い説として人気が出て、それ以降も「ありがとうございました」「あ」と「た」さえ合っていれば間は何でもいける説、等いくつかシリーズ化されました。
ここまで読んでくださった皆様はこう思ったことでしょう。いや、それTOEICと何の関係があるの?と。それが関係あるんですよ。ここから見事な論理展開で皆様を納得させてみますので是非最後まで目を通してくださいね!
リスニングは文脈を踏まえて聞く
掘った芋いじるな理論
多分英語を学習していない方でも、「掘った芋いじるな」という日本語の発話が What time is it now? という音に似ているという話は聞いたことがある方が多いかと思います。ただ、ネイティブに唐突に話しかけて「掘った芋いじるな」とそのまま発話したところで通じる可能性が極めて低いかと思います。
ですが、会話の中で、
A: Oh, we have an important meeting at 3pm.
B: ホッタイモイジルナ
A: It’s 1:30.
という会話の中であれば「掘った芋いじるな」単体で発話した時よりも英語ネイティブの認識率は大きく上がると思われます。つまり前後の文脈が「掘った芋いじるな」の正確なリスニングに大きく影響していると言えます。
しらんぷり事件
もう1つ別の例を挙げると名探偵コナン58巻では容疑者である外国人4人を椅子の前に立たせた上で目暮警部が「しらんぷり」と発話することで英語を話せない犯人をあぶりだすという事件がありました(「しらんぷり」= sit down please とリスニングさせる目的)。これは創作の話なのでまあかなり無理があるかとは思いますが、もし容疑者4人の後ろに椅子が無かった状況であればおそらく通じなかったと思います。

これらから私が言いたいのは、リスニングとは文脈・シチュエーション等から総合的に行うものであり、決して音だけで行うものではないということです。
リスニングのボトムアップ処理とトップダウン処理
それではここまでの話を少しロジカルに説明してみましょう。
ボトムアップ処理
これは「耳から入ってきた音データをひとつひとつ積み上げて意味を構築していくプロセス」のことです。「ボトム(下=末梢の感覚器)」から「アップ(上=脳の認知機能)」へと情報が流れるため、データ駆動型(Data-driven)処理とも呼ばれます。
まずは個別の音素、/b/, /o/,/k/などを聞き分けて、その後は連続した音のつながりから「ここからここまでが1つの単語だ」と切り出します(例えばan -apple を a-napple と間違えないようにする等)。その後切り出した音のかたまりを脳内の辞書と照らし合わせて意味を特定して文法構造を解析、最終的に聞き取った内容を理解するという流れになります。
こう書くとごく自然なリスニングの流れにも思えますが、もしこのボトムアップ処理「のみ」がリスニングプロセスだとしたら、冒頭で挙げた水曜日のダウンタウンの説で「お蔵入りでした!」「大塚愛でした!」などが違和感なく受け入れられた理由が全く説明できなくなります。
トップダウン処理
一方でこちらは「自分がすでに持っている知識や、その場の状況から、次に来る情報を予測・補完して理解するプロセス」のことです。「トップ(上=脳内の知識・概念)」から「ダウン(下=具体的な音の解析)」へと情報が降りていくため、概念駆動型(Concept-driven)処理とも呼ばれます。
脳は、すべての音を律儀に解析しているわけではなく、以下のような「手がかり」を使って、聞こえてくる音を先回りして解釈します。
スキーマ(背景知識): 「レストランにいるから、次はメニューや注文の話が来るだろう」という知識の枠組み。
文脈(コンテキスト): 直前の会話の内容から、「次は肯定の返事が来るはずだ」といった予測。
言語的知識: 「Thank you」と言われたら、次は「You’re welcome」が来る確率が高いという統計的な予測。
冒頭の水曜日のダウンタウンの説では、楽屋という場所で後輩芸人が自分の方を向いて発声したという状況から、この状況なら「お疲れさまでした」と言うはずであるという判断をしていることになり、これはトップダウン処理に偏ってリスニングを行った結果である現象と言えそうですね。
2つの処理のバランス
このトップダウン処理とボトムアップ処理のバランスに関してはさらに議論が詳しくなってくるのでここでは深くは書きません。ただこれらの2つの処理はどちらかが最初に始まるとか常にどちらが優先的に行われるというものではなく、状況に応じて優先順位を変えながら行われているものかと思います。楽屋挨拶の状況ではトップダウン処理でリスニングした方が効果的だと自然に判断したために聞き違いを行ってしまったということでしょうね。逆に言うとシチュエーションが読めない状況では音に集中してボトムアップ処理を優先することとなります。
音韻修復効果
もう1つ別のロジックで見てみましょう。「音韻修復効果(Phonemic Restoration Effect)」とは、リスニングにおける「トップダウン処理」の強大さを証明する最も有名な現象の一つです。「音声の一部が欠落したり、雑音(咳払いやノイズなど)に置き換わったりしても、脳が文脈に基づいてその欠落した音を勝手に補完し、あたかも最初から聞こえていたかのように錯覚する現象」です。単に「推測した」というレベルではなく、本人にとっては「物理的にその音がはっきり聞こえた」と感じるのがこの現象の最大の特徴です。
ウォーレンの実験
ここに関しては1970年に心理学者のリチャード・ウォーレンという方が行った実験が有名なようです。
ウォーレン氏は、”The state governors acceptable with their respective legislatures convening in the capital City.” という文章を録音し、その際に “legislatures” という単語の 最初の s の音だけをデジタル処理で完全に消去し、代わりに「咳払いの音」を被せたものを被験者に聞かせました。その後「どこか不自然な点はなかったか?」を尋ねたところ被験者の19人全員が「 s の音が聞こえた」と答えたというものです。
この音韻修復は単に「推測した」というレベルではなく、本人にとっては「物理的にその音がはっきり聞こえた」と感じるのが最大の特徴です。
音韻修復のメリットとデメリット
この音韻修復には良い側面と悪い側面の両方があります。
まず覚えておきたいのはネイティブの圧倒的なリスニング力の構成要素の1つだということです。ネイティブ同士だとはっきり発話されてなくても騒音の中でも会話が成立するのはこの音韻修復効果が大きく作用しているからです。ネイティブ同士の会話で聞いている音は全ての音ではなく「文脈や状況から復元された音」ということになります。言い換えると、上級者レベルのリスニング力を身に着けるには必ず習得しないといけないスキルの1つとも言えます。

TOEIC Part2 と Part3の違い
さて、前置きがめちゃくちゃ長くなりましたがここでようやくTOEICの話に入ります。まずは以下の文を聞いてみましょう。
これくらいであれば聞き取れる方も多いかと思いますが、私は突然これがPart2の質問文として出てきたら多分分からないと思います。でもPart3の途中で出てくると一転して無理な話ではなくなります。
トップダウン処理の欠如
ここまで読んでくださった方ならもう分かっていると思うのですが、Part2とPart3の違いは文脈があるかどうかです。例えば Part3 で、I’m calling from ABC bank. というセリフから始まったとします。この時点で銀行関連の話になるとほとんど推測がつくわけで、この語の会話には deposit, balance, account などの単語が出るかもしれないと予測が立ちますし、もしこれらの単語がはっきり発話されなかったりしっかり聞き取れなかったとしても「銀行での話なんだからdepositeって言ったんだろうな」というような推測をトップダウンで行うことができるわけです。
一方で Part2 では文脈無しでいきなり質問が来るので、You talked with our teller yesterday, didn’t you? みたいな文が高速で曖昧に発話されると大変だと思います(これがさきほどの音声のスクリプトです)。特に teller は銀行の窓口係を表す単語であり、この辺りの知識が曖昧だと「テラーってなんだ?tailor(仕立て屋)を聞き間違えたのか?」というような混乱する可能性も高そうです。これが1つ前に I’m calling from ABC bank. というセリフが1つあるだけで劇的にリスニングの難易度が下がります。つまりトップダウン処理がほとんどできなくなることで、普段文脈判断に頼ってリスニングしている自分のような人はPart2の問題形式から影響を受けやすくなると言えます。

変化球問題の存在
Part2であってもトップダウン処理の余地が無いわけではありません。例えば、設問で What did you think about the candidate? のように聞こえた場合、candidate という単語からおそらく採用面接の話をしているのではないかと推測することができます(TOEICだと政治系の話はほぼ無いので選挙の候補者の可能性は低そうです)。そうなると選択肢に hire, expertise, background などの単語が入っているものが答えになりそうではあるのですが、Part2では高確率で変化球問題(通称)と呼ばれる文脈をかなり捻った選択肢が答えになる難問も多いです。
例えば、Why don’t we check out the new cafe that just opened? という質問に対して、Haven’t you seen the reviews yet? という回答が答えになることがあります。これは「レビューがひどいから行きたくない」という意図が隠された発言なので会話として成立はしていますが、設問の情報を踏まえてトップダウン処理はほとんど機能しないかと思います。このような変化球問題がPart2をよりボトムアップ処理寄りの問題に寄せているわけですね。
音声知覚・意味理解との関係
以前の記事でリスニングには音声知覚と意味理解の2つのプロセスがあると書かせていただきました。
TOEICリスニングパートの学習で音声の再生速度を1.2倍、1.5倍等で通常より速くして学習するという方法は割とメジャーな学習方法なのかなと思います。本番より難しい、いわゆる高地トレーニング的な学習をすることによって本番の音声がゆっくりに聞[…]
ざっくり言うと
音声知覚 → 聞き取った音を単語に変換する能力
意味理解 → 単語の羅列を意味のある文として認識する能力
という感じです。
一般的に音声知覚が得意な方はボトムアップ処理に優れており、逆に意味理解が得意な方はトップダウン処理に優れている傾向があると思います(あくまでも傾向であり、なんとなく私がそう感じるだけです)。日本語の音と英語の音は大きく異なっており、日本語を母語とする英語学習者は多かれ少なかれ英語の音の聞き取り(音声知覚)に苦手意識を感じるのは自然なことかと思います。そういう場合であっても意味理解能力が高ければトップダウン処理を優先して行うことでほとんど不自由ないリスニング力を発揮することができると思っています。
LとRの聞き分けができないという日本人の方は多いと思いますし、これも代表的な音声知覚の問題の1つです。私ももちろん苦手なのですが、LとRの聞き分けができないこと自体がTOEICのリスニングでミスをする原因になる可能性は限りなくゼロに近いと思っています。例えば glass と grass がそれぞれ単語単体で発話された時の聞き取りはかなり困難かと思います。ただ、The cows are eating grass. と発話されたときは文脈上明らかに「草」でしかありえないため特定が可能です。このように音声知覚(ボトムアップ処理)の弱点を意味理解(トップダウン処理)で補うことができれば、LとRを聞き分けられないというのはさほど大きな問題にはなりません。

まとめ
既にお分かりかと思いますが、タイトルにある「リスニングは音だけで聞かない」というのはボトムアップ処理(音声知覚)をトップダウン処理(意味理解)で補完しようということです。前項にある通り音声知覚力は高ければ高いほど望ましいのですが、LとRが全く聞き取れないとか文の中の単語を断片的にしか聞き取れないからと言ってリスニングは無理と諦めるのはまだ早いです。
特に日常会話は判断材料で溢れかえっています。話している場所、話している状況、話し相手の表情や身振り手振りなど使える情報はなんでも使って内容を理解していきましょう。難しいですが決して無理な話ではありません。「お蔵入りでした!」「大塚愛でした!」の例からもわかるように日本語では誰もが無意識で自然にやっていることです。
それでは長文失礼いたしました!
