TOEICリスニングパートの学習で音声の再生速度を1.2倍、1.5倍等で通常より速くして学習するという方法は割とメジャーな学習方法なのかなと思います。本番より難しい、いわゆる高地トレーニング的な学習をすることによって本番の音声がゆっくりに聞こえるようになるというものですね。

英語のリスニングのプロセス
まずは英語のリスニングのプロセスを見てみましょう。リスニングでは音声知覚(speech perception)と意味理解(listening comprehension)の2つのプロセスがあると言われています。
音声知覚
音声知覚(speech perception)とは、聞こえてきた音声信号を音素・語として正しく識別し、言語として認識するプロセスです。英語特有の弱形・連結・消失などの音の変化にも対応しながら、音を「意味のある単位」として捉える能力を指し、リスニングの最も基礎となる処理段階です。
ざっくり言うと音を英単語に変換するプロセスですね。例えば、ネイティブが「ワーダー」のように発話した音を聞いたときに「water」に変換できず何の単語のことを言っているのだろう?となるのが音声知覚での失敗です。

意味理解
意味理解(listening comprehension)とは、聞き取った語やチャンクを文法・文脈・背景知識と結びつけ、発話の内容や意図を解釈するプロセスです。語彙アクセス、統語処理、推論などの高次の認知処理が関わり、リスニングの「意味をつかむ」段階を担います。
難しい言葉を使わずに言うと、聞き取った音を文字に起こした時に意味がしっかり分かるかどうかということですね。つまりReading能力とも密接な関係があるプロセスです。Reading中心の教育を受けてきたノンネイティブにとっては読んで意味が理解できない文章を聞いても理解できないのは当然ですよね。

これら2つのプロセスが連続して成功して初めてリスニングができるというわけですね。
意味理解の速度
さっき書いた通り通常は読んで分からない文章を聞いて理解できるわけがありません。では、読んで理解できる文章が全て聞いて理解できるかというとそういうわけでもありません。理解できる速度(WPM)という考え方が関係してきます。
WPM
WPMというのはWord Per Minutes の略で、リスニングの場合は1分間で何単語が話されるかという速度を表します。1分間で150単語話されるスピードであればWPM150と表記されます。
参考までに最新の公式問題集12のPart4の音源の速度をいくつか測ってみました。
公式TOEIC Listening & Reading 問題集 12 大型本 – 2025/10/16 ETS (著)
Q71-73 28秒 72単語 → 154WPM
Q74-76 30秒 80単語 → 160WPM
Q77-79 40秒 92単語 → 138WPM
ナレーターの方によって差はあるものの平均で150WPM前後になるのかなと思います。

音声知覚の難しさ
問題は音声知覚の方です。音声知覚で失敗する原因にもいくつか種類がありますが、その1つにリンキングやリダクションと言った音声変化があげられます。
例えば、Look at me. のような文は、ネイティブが自然に発音すると「ルックアットミー」ではなく「ルカッミー」のようになるかと思います。Look と at はつながって発話され(リンキング)、at の t の音は落ちる(リダクション)わけですね。これに慣れていないと「ルカッって何の単語だろう?」となって音声知覚が失敗するわけです。
音声変化が起こる理由は簡単で、その方が速くスムーズに話しやすいからです。例えば日本語で考えても「洗濯機」を「せんたくき」と正しく発話するより「せんたっき」と言った方が楽なのと同じですね。ここで大事なのは音声変化は話す速度に左右されるということです。日本語でもゆっくり話すなら「せんたくき」と発話出来ても早口で話すときは絶対に「せんたっき」と発話しますよね。英語もこれと同じで、話す速度が上がれば上がるほど、よりたくさんの音をつないだり落としたり雑に発話したりするわけです。
たとえば有名教材である「英語のハノン」にはパターンプラクティス用の音声として速い音声とゆっくりな音声の2種類が収録されています。同じナレーターの方が同じ文章を読み上げているにも関わらずそれぞれの音声でリンキング・リダクションだけでなくイントネーションまで変わっていたりします。興味のある方は聞いてみてください。
英語のハノン 単行本(ソフトカバー) – 2021/4/7 横山 雅彦 (著), 中村 佐知子 (著)
なので、速い英語の聞き取りが難しくなるのは単にスピードが速いというだけでなく、音声変化が強くなるのも原因になっているわけです。
倍速音声の不自然さ
例えば150WPMの音声を1.2倍速すると180WPMになります。180WPMというのはネイティブが話す速度としては自然なのですが、150WPMのものとは音声変化が全く異なります。
ネイティブが 150WPM から 180WPM に話す速度を上げると、話し方そのものが次のように自然に変化します。
・ストレス(強弱)の再配置
・単語の一部が弱化・消失
・呼吸の間・フレージングの調整
簡単に言えば、冠詞や前置詞などの弱く読む単語はさらに弱く・短くなり、/t/ や /d/ の音はよりはっきり脱落し、長いフレーズを一息で言うために息継ぎの位置が微妙に変わる、などといった変化が起こります。当然ですがこれらは150WPMを1.2倍速にしたものとは完全に別物で、倍速音源はネイティブからすると「こんな速度でこんな話し方する人はいない」と感じるような不自然なものに聞こえるわけです。

ですので、150WPMの音源を1.2倍速で聞くよりも、もともと180WPMで話されている音源を使ってリスニング練習すべきというのが私の考えです。TOEIC音源という縛りさえ外せばWPM180-200程度の音源は簡単に見つかります(個人的にはTEDがオススメ)。実際に私生活や仕事で英語を使っている方なら分かると思いますが、ネイティブが自然に発話するとTOEICの音源より速く音が崩れている方がほとんどです。TOEICだけできれば良いという方でもなければ高負荷トレーニングをしたいのでればTED等のより自然で速い音源を使った方が良いのかな思います。
まとめ
冒頭にも書いた通り、TOEIC音源の倍速トレーニングを否定するつもりは全くありません。意味理解の高速化を鍛えるという点では間違いなく効果があるかと思いますし、その他TOEICで出題される会話パターンや単語・フレーズを習得する等の付随効果もあると思いますので無駄などということは全くありません。音声変化に関してもTOEIC音源で使われる音声変化を早いスピードで慣れるという意味では効果が期待できそうですし、TOEIC音源さえ聞けるようになれば良いという状況であれば効果的だと思います。
ただ、より自然な音声変化を習得する効果は倍速トレーニングでは得られないことは注意してください。自分は普段TEDを中心にWPM180付近のものをよく聞いていますが、そのおかげでTOEICの音声はかなりはっきり聞こえますしリスニング満点を逃すことはまずありません。また、私の知る範囲ではTEDシャドーイング等でしっかり学習した方のほとんどはTOEICのリスニングは簡単と言っています。ですのでTOEIC音源を使わずともTOEICに対応できるリスニング力を得ることができるのは間違いありません。高地トレーニングをしたい方は是非一度TED、BBC、CNN等の実際の音源を試していただければと思います。